いましはたれぞ

仮初の電脳空間で敢えて統合を分解してみた軌跡

 私の死生観・人生観

 ――あの世に国があるとすれば、それは人の心だ。

 この世はどうしようもなく不公平で不平等だ。何故ならあの世の裁きが公平で平等だからだ。あの世の裁きが公平で平等だからこそ、この世は不公平で不平等でなければならぬ。たとえ一卵性双生児だとしても人間は決して他人と「同等」ではないのだ。同等でないのだから同じような事をしても結果が違ってくる場合も多々ある。

 

 私は因果応報を信じてるし感じてる。一般的に因果応報の解説は

 甲:善因善果(善行を積み魂や徳を磨けば善い結果がやってくる)

 乙:悪因悪果(悪行を積み魂や徳を濁せば悪い結果がやってくる)

 とされている。それは確かにその通りなのだろうが、私はそれだけに囚われてはならないと考える。どういうことか? 先ず第一に因果応報はこの世だけでは完結しない。そして第二に善因善果/悪因悪果(以下甲/乙)だけではないということだ。

 

 因果応報が全てこの世だけで完結するのなら、十人十色の生まれの違いなど無いし、「憎まれっ子世に憚る」なんて言葉が現代まで生き残っているはずが無い。或は甲の観点から見れば「自分は善行を成したのだから報われて当然だ」という傲慢な態度に陥るかもしれない。これは「お客様は神様です」を口や態度に出す客人がこの上なくいけ好かないようなものだ。また乙の観点から見れば誰かが過ちを犯した時よせばいいのに「人を呪わば穴二つ」の愚を犯してしまうかもしれない。

 つまり因果応報はこの世だけで完結しないのだから、輪廻転生は在り得るということだ。無論単に私がそう信じているだけで、それを証明するつもりは無いしその必要もない。

 

 さて因果応報が輪廻転生と結びついた際に一般に語られるのは「あの人が先天的な才能に恵まれたり、裕福な環境に生まれたのは前世で善徳を積み重ねたから」や「あいつが先天的に心や体の障害に苦しんだり、生まれつき貧困に喘いでいるのは前世で悪徳を積み重ねたから」や占い師などの口から出る「そんな行いをしてれば来世は地獄に堕ちるよ」などであろう。

 けれどもここで問題が出てくる。因果応報が意味の通りに先に挙げた甲乙のみで構成されるのであれば、徳を持つ者と持たざる者の間に絶望的な断絶が出来てしまう。即ち、富める者はその富故に益々富み、貧しき者はその貧しさ故に益々貧しくなってしまう。

 ところで「金は天下の回り物」という諺があるが、これは「徳」についても同じ事が言えるのではないか? 善にしろ悪にしろ行使しなければ意味が無いのではないか? ならば悪徳を矯めて善徳を成せば皆幸せになれるのではないか? 「義を見てせざるは勇無きなり」だ。

 持たざる者が無知故に暴慢になり知識を得ても卑屈になるのは確かに悪徳だ。だがそれ以上に、持つ者が満たされてるが故に傲慢に陥るのは悪徳の極みだしこの世の損失だ。持つ者こそ「勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している」のだ。そのような凋落に触れて「君子危うきに近寄らず」や「出る杭は打たれる」ばかりが蔓延りやがて「悪貨は良貨を駆逐する」ようになってしまう。

 

 些か話が脱線しすぎたかもしれない。つまり言いたいのは因果応報と輪廻転生によって生まれが違ってくるが、先に挙げたように

 甲:善因善果(善行を積み魂や徳を磨けば善い結果がやってくる)

 

 乙:悪因悪果(悪行を積み魂や徳を濁せば悪い結果がやってくる)

 

 だけで判断してはいけないと言いたい。

 丙:善因悪果(善行を積み魂や徳を磨いたからこそ試練として悪い結果がやってくる)

 丁:悪因善果(悪行を積み魂や徳を濁したからこそ猶予として善い結果がやってくる)

 これらを加えて初めて因果応報はその理を成す。

 

 具体的に言うとこうだ。

 生まれつき環境や才能に恵まれた人は前世で素晴らしい善徳を成したのかもしれない。だが、もしかしたら前世でとんでもない悪徳を積んだから、やり直しやすくするためにハンデとして環境や才能を与えられただけなのかもしれない。

 先天的な障害や困難な環境に生まれた人は前世で度し難い悪徳を成した報いを受けているのかもしれない。だが、もしかしたら前世で善徳を積んで成長し艱難を乗り越えられると判断されたから試練を与えられているのかもしれない。

  ここまで想像して初めて「謙虚」になれるし、「挑戦」も出来ようというものだ。

 

 遅かれ早かれ貴方も私もいつかこの世から消えて亡くなる。死後の世界はどんな処であろう? 私の想像ではこうだ。

 生命は死後その魂がこの世とあの世の境目に向かう。その境界線とは御存知三途の河だ。渡ろうとしても、殆ど全ての魂は流れに呑まれてしまう。河を渡りあの世へ辿り着けるのは涅槃に入った仏陀(釈迦に限らぬ)のみだ。

 河に呑まれた魂は大いなる流れに乗ってこの世の周りを何度も何度もぐるぐるぐるぐる回り続ける。その間に今回死ぬまでの生を繰り返し再生し続け、やがて改善すべき点を突き詰めていく。正に輪廻の名の元に次に転生する準備が出来るまで……